浄土真宗親鸞会 名古屋

やわらか仏教入門

第6回 仏法聞くのは弱い人?

「他力」とは何でしょう。

「今日一日、無事に過ごせたのも、お他力さまのおかげ」
と、遠くに向かって手を合わせているおばあさん。深紅の夕焼けを闇が押し、今、日が沈もうとしている。他力とは、太陽のことでしょうか。

 他の力、と書いてあるからか、自分以外のすべての力を他力と解釈する人もいるようです。

 太陽、風、雨や空気、その外、自然の働きに加え、自分以外の人間の力も、すべて「他力」と思っている人もいます。

「どうもあの男は、他力本願で、いかんなあ」
と渋面の上司は、他人の力ばかりをあてにする部下を嘆いています。

「他人のふんどしで相撲をとる」とか「他人の提灯で明かりを求める」という諺もあります。力のない人間が、力のある人間に助けを求める依存心のように思うからでしょう、
「仏法なんか聞くのは、弱い人間だよ」
などと言う人まで出てくるのは、正しい意味を知らないからです。

 

「他力」とは、親鸞聖人が
『教行信証』に明示されているように、阿弥陀如来の本願力のみをいうのです。

 語源は仏教にあるのですから、それに拠らねば真実が曲げられ、間違ってゆく。

 他力の「他」は阿弥陀仏のことに限る。他力本願とは阿弥陀仏のなされたお約束、弥陀の本願のこと。それ以外は言ってはならないのである。

 ところが、巷に氾濫している「他力」間違いの数々。

 5年ぶり2度目、劇的な逆転優勝を果たしたサッカーチームを報ずる新聞は……。
 2位につけていた横浜F・マリノスは、最終試合で快勝、勝ち点を30に伸ばし、延長負けで勝ち点29になった首位チームを下して逆転Vとなった。主力メンバーの小村選手はこう語る。
「半分他力本願だったけど、やるだけのことはやった」

 スポーツ界では、相手の負けで優勝が決まった意味に、よく使われています。

 次は、大地震発生時の初動対応訓練についての記事。
 東京が震度6弱以上の地震に見舞われたという想定で、緊急連絡を受けた約2千人の職員は、災害対策服や動きやすい私服に身を包み、都庁舎に駆け付けた。都知事は参加した職員を前に、
「災害という緊急事態には、他力本願でなく、自分で対処する気持ちを持ってほしい」と自覚を促したという。人任せではならぬ、の訓示でしょう。ここでも他力を他人の力の意で使っています。

 挙げればキリがありません。

 大手自動車会社が抜本的なリストラ計画を発表して十日が経過。だが注目された同社の株価は、発表当日の18日以降低迷しているとの報道では、こうです。
「国内のリストラとしては先駆的モデルといえるが、問題は社内の同調が得られるかだ。コスト削減の八八%が購買や販売管理費で、(部品メーカーなど)外部にやらせる他力本願なのも気になる」と分析家は語っているとのこと。
「外部」を他力と使っています。

 まだある。

 インターネットの、ホームページに目を引く言葉が。その名も「他力本願コーナー」。興味津々で開いてみると、
「"なんて私って運がないの〜っ!?""なんで俺ばっかり、こんな目に遭うんだ〜!?"と、自分は本当に悲しいというのに、そのアナタの悲痛な訴えを聞いている友達の方はゲラゲラとバカ笑いしてくれた…
 そんな経験、ありませんか?私には数え切れないほどあります。
 ここは可哀想なアナタのそんな訴えを世界中に聞いてもらって、みんなに笑い者に、いえ、なぐさめてもらおうというコーナーです」

 ここまでくると、こちらも笑うしかありません。

 

 なぜ「他力」の真意が知られていないのでしょうか。

 しかし、他人の力、と誤解して、「他力の信心」というと弱いもののように誤解されているのは、阿弥陀仏の本願力を知らされていないからに他なりません。

 親鸞聖人の波乱万丈のご生涯を知れば、他力の信心に救い摂られた聖人の強さ、たくましさがよく分かります。

 他力とは、阿弥陀如来の本願力だけをいうのです。我々の暗い心(苦悩のたえない心)を打ち破り、日本晴れの心で生き抜けるようにしてくだされるお力です。間違ってはなりません。

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