浄土真宗親鸞会 名古屋

やわらか仏教入門

第1回 あなたの宗教、何ですか?

「日本人の宗教観は幼稚だ」とよく識者から批判されています。

「宗教」といって思い浮かべるものは、「葬式」「結婚式」など、冠婚葬祭の様式の違い、という人が大勢を占めるでしょう。

「あなたの宗教は何ですか?」と問われると、
「娘の結婚式はキリスト教の教会で挙げたっけ。花嫁衣装はウエディングドレスよね。元日には、家族で初もうで(日本神道)に行くの。ここ10年、欠かしたことはないわ。そういえば、おじいちゃんの命日には、寺の坊さんがお経をあげに来るらしいわね。でも、いつも留守に来るから、話したことなんてないのだけれど……。そうね、だから一応、門徒(浄土真宗)っていうの?それみたいだけど……」
などと、はっきりしない方がほとんどです。

 不思議な体験をした、奇跡が起きた、よく分からないが、なんとなく有り難い、といったイメージ先行型のものもあります。

 最近は新興宗教が、よく取り沙汰されています。

「拝めば金がもうかります」
「信じれば病気が治ります」
「人間関係がうまくいきます」
 あんな子供だましを、信じる気持ちが分からない……と、日ごろ言っている人でも、災難にあい、困難でうちひしがれている時に、温かい言葉をかけられると、コロリと入信。教えの内容よりも、声をかけてきた人との人間関係や、一時の感情、雰囲気で宗教を選んでしまうケースもあるでしょう。

 

 そもそも、宗教とは、「宗となる教え」ということです。

「宗」とは、中心になるもの、肝心かなめ、の意味ですから、二つも三つもあるはずがありません。

 最も大事な、生きる指針となる教えが「宗教」という意味ですから、
「私は三つの宗教を信じています」
と言う人がいたら、それはおかしな話です。
 一つしかない体で、右と左の両方に、同時に駆けだすことはできないのですから。

 そこで何か一つを選択するのですが、その内容吟味の基準も曖昧なのは、さきに記したとおりです。

 宗教観からして、こうです。だから世界の三大宗教、二大宗教といえども常にトップにあげられる仏教、といっても、ピンとこない。

「だいたい、ホトケって何?」ということになります。
「死んだ人のことじゃない?」と、多くの人はテレビの時代劇で仕入れた知識から、そう思うかもしれません。

 捕物帳では、死体を前に岡っ引きが、
「ホトケの身元を洗え!」
と命じている。
 近所の人は、死に顔を見て、
「このホトケさん、安らかないい顔だねえ」
と目に涙を浮かべる。
 死人を指してホトケ、と使われることがあまりにも多いからです。

 だから、仏教というと、葬式、法事、死んだ人にしか用事がないもの、になってしまっているようです。

 死ぬまではいかなくとも、年を取り、ほかにすることがなくなったら聞きに行くもの、元気で若く、忙しい私には関係ない、という理解が大半のようです。

 ならば「仏」教は「死人」の教え、なのでしょうか?

 死んだ人は、教えを説くことも、聞くこともできませんから、「仏教」は、「死人が説いた教え」でも「死人のための教え」でもありません。

「ホトケ=死人」の通説は、ナンセンスな誤解です。

 しかし、死人のことをホトケ、と使うのは、どうも年配の人に多いようです。

「言葉の乱れは思想の乱れ」と、若者の言葉遣いには非難ゴウゴウですが、昔からの言葉遣いにもこんな誤用があるのです。親の背を見て子は育つ、といいますが、間違った言葉遣いで、子や孫に、仏教に対する誤解を与えてはいないでしょうか。

 言葉(特に仏教用語)の意味を正しく知り、使って、愛する家族とともに、まことの幸せに向かって進みたいものです。本欄が、その一助となれば幸いです。

 

 では、改めて、仏とは何でしょうか?
「さとり」の名前です。

 さとりとは何だろう。

 失恋した男性が、
「いやあ、女心ってのは分からんものだ。もう僕は、恋愛なんかしないよ。ウン、これはもう、サトリの境地だね」
などと言う。

 どうも、恋愛はアキラメた、の意味で使っているようですが……。

 では、アキラメたのが、サトリ?
 うーん、それはちょっと。

 

>> 第2回「さとった」とはいうけれど……

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